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ヒガシナリサーチ

第8回『深江南のお地蔵さん』

「東成区をもっと知ってみよう!」と、東成区の名所や旧跡、名物や施設などについて調査していくコラムです。

2013/11/29

深江南のお地蔵さん

地域の人達を見守り続けているお地蔵さん。

普段何気なく見過ごしているお地蔵さん。

今回は深江南地区だけで12体も祀られているお地蔵さんを探しに行ってきました!

とある日の午後、内環状線、新深江交差点付近から時計まわりに探索を開始。
ほどなく駐車場脇に蛸地蔵発見!
続いて子安地蔵・御通告地蔵もすぐに見つかる。
ここまで15分、なかなかの調子だ。
しかし4体目(深美継地蔵)から少しくもゆきが怪しくなってきた・・・
旧家よりお風呂屋さんの煙突を望む
旧家よりお風呂屋さんの煙突を望む
南深江公園付近におられるはずがいない。
何処に隠れておられるのか1時間近く歩きまわったが見つからない。

ここにきて日頃の運動不足がたたってか足が痛くなってきた。
ここで諦めるか。
いやまだ半分も見つけていないし、ここは後まわしにして次を探そう。

すると先ほど通り過ぎた通りの少し入った所で車の陰に隠れているお地蔵さん水呑地蔵を発見!
くそー…こんな所に止めやがって(`O´)と思ったりもしたがよしとするか。

さあ次は作戦を変更してピンポイントで探す事に。しかしながら方向おんちの私には所詮無理なのか。
お地蔵さんの影さえ見つける事ができない。
ところが何が幸いするか迷いこんだ狭い路地の突き当たりに忽然と現れた高原地蔵だ。\(^◇^)/
高原地蔵
高原地蔵
○高原地蔵の由来
今は昔「深江の郷に男ありき」で始まる深江の故事によると、『当時の村人が鍬で畑を耕している時、何か先に当たるものがありました。
掘り出してみると、三角の形をした石が出てきました。
その石には自然に出来たであろうお地蔵様のお姿が夕日に映えて浮き上がっていました。
村人は地蔵石を大事に持ち帰り、祠を建ててお祀りし、出土した高原地区の名にちなんで高原地蔵と命名し、毎日村の安泰を祈りました。
それ以後、村には災いや、疫病がなくなり、穏やかな日々が続きました。』 (高原地蔵尊故事より)

よしあと1体で半分だ。少し元気がでてきた。
20分後、住宅の狭間に旭地蔵が。
次はこの辺りでは有名な?安堵の辻地蔵。ここも路地の中ほどで簡単に発見。
安堵の辻地蔵
安堵の辻地蔵
○安堵の辻地蔵の由来
深江の法明寺に残されている安堵の御影縁起によると、貞和4年(1348)の春突如として空中に紫の雲が現れ、その雲から尊い僧、沙弥教信が姿を現わし、法明上人に向って「あなたは永年念仏を唱えながら、人々を助けてこられました。
おかげで来年の6月16日の朝、極楽へ安らかに旅立つことが出来るでしょう」と。
上人はよいお告げを聞いたと喜び、お告げ通りに、その日に亡くなりました。
その尊い僧に法明上人が出逢ったところが辻だったので、この辻を“安堵(安心)の辻”と呼ぶようになりました。(説明板参照)
途中で見つけた駄菓子屋さん
途中で見つけた駄菓子屋さん
ここから中小路地蔵南小路地蔵と2体続けて見つけ、残りは3体(深美継地蔵法明寺地蔵東六北向地蔵)に。
さあもうひとガンバリと気合を入れ直したところで時間が来た?ので本日の探索はここで終了。(-_-;)
一応、法明寺地蔵東六北向地蔵も探したが見つける事ができなかった。
地図上のお地蔵さんは今回見つける事ができなかった。<br><br>【左上より深美継地蔵・法明寺地蔵・東六北向地蔵】<br><br>
地図上のお地蔵さんは今回見つける事ができなかった。

【左上より深美継地蔵・法明寺地蔵・東六北向地蔵】


郷土資料館で大体の場所を確認していたので1時間もあれば見つかるだろうと高をくくって出発したが、結局2時間近くうろうろしてもすべて探しだす事ができなかった。
そればかりか近所の人にも怪しく映っていたと思う。(何回か同じ人に会った。)
こんな事なら最初のお地蔵さんにお祈りしとけば良かったが後の祭りだ。

今回はお地蔵さんを探しだす事を目的で行ったがお地蔵さんは何らかの理由があって祀られているので、その由来を調べてみるのもおもしろいかと思う。
最後に地域のどなたかがお世話されていると思うのですが見つけたお地蔵さんにはお花やお供え物が置かれていました。

次は地蔵盆の頃に行ってみようかなと思いつつ帰路につきました。